‘労働者協同組合研究’ にカテゴリー分けされたエントリー
労働者協同組合における労働者統制の意義
2008年 1月 1日 · コメントを書く
http://homepage3.nifty.com/koseki-t/w.c.study/wcstudy3.html#tukamoto93
労働者協同組合研究の動向
小関 隆志
塚本一郎[1993]「労働者協同組合における労働者統制の意義――ウェッブの生産者協同組合批判に関連して」『大原社会問題研究所雑誌』417号
《問題意識》
◆近年は協同組合論から労協の意義が強調されるようになり、それに伴って労協の支持者はウェッブの労協批判を省みない。しかし、ウェッブ夫妻の批判には、現在にも有効な論点が含まれているのではないか。ウェッブの批判は現在の労協批判の典型をなしている。
《概要》
●ウェッブ夫妻の労協(生産者協同組合)批判の核心は、組織の本質である労働者統制の有効性とその民主制との関連にあった。
①労働者は、自ら選んだ者から管理されることを嫌悪するため、効率的な管理・職場規律の保持が困難。
②高度の専門知識と管理技術革新を必要とする現代資本主義においては、一般労働者による管理では失敗し、熟達した専門家に管理を委ねるしかない。
③共同社会の中の「少数者」である労働者による管理は共同社会の普遍的利害を代表しえず、企業主義的傾向が強く現れ、利己的・非民主的となる。外的権威の統制が必要。
●ウェッブの論点は、現代の労協をめぐる主要な論点であり続けている。ただし、二者択一論ではなく、クリス・コーンフォースの指摘するように、「制約と選 択」という視点が重要である。すなわち、内的・外的環境によって制約されているが、環境を改革する条件を選択する可能性は残される。
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自主管理・労働者協同組合の経営学
2008年 1月 1日 · コメントを書く
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労働者協同組合研究の動向
小関 隆志
角瀬保雄[1989]「自主管理・労働者協同組合の経営学」『仕事の発見』No.13
《概要》
●株式会社と労協の違い。株式会社の経営者は資本に従属しているので労働者と対立するが、労協では労働者が所有・経営しているので、原則的に利害が一致する。
●様々な民主的経営の中で労協が最も徹底しているが、現実に経営管理を行ううえで矛盾・対立関係が生じている。意識改革を強調するだけでなく企業内の生産 関係を変革しないと自主管理は本物にならない。特に、①ボトムアップの意思決定と、②労働組合の役割(管理・被管理の矛盾、官僚制へのチェック)、③長 期・中期・短期計画とPDSサイクル、④経理公開(特に経営の健全性に対する大衆的なチェック)が必要になる。
●利潤を上げることにおいて労協も株式会社も変わりないが、労協では労働成果の蓄積であるのにたいし、株式会社では労働者を支配する敵対物になる。ここが違う。
●中高年事業団の大規模化方針は、これを自己目的化してはならない。また、これまでの急速な拡大成長を今後も続けるのは容易ではない。量的拡大だけでなく、高収益事業で資本蓄積も賃金上昇も可能なように、質的発展を目指すべきだ。
●労協では、賃金配分と資本蓄積の配分を自ら決めるが、営利企業では資本家・経営者がまず資本蓄積部分を決めて、残りを賃金に回す。ここが両者の違いだ。
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労働者協同組合における統制の構造と実態
2008年 1月 1日 · コメントを書く
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労働者協同組合研究の動向
小関 隆志
塚本一郎[1994]「労働者協同組合における統制の構造と実態――日本労働者協同組合連合会センター事業団の事例に即して」『大原社会問題研究所雑誌』432号
《問題意識》
◆企業という組織の統制構造における民主主義の適用可能性と限界について労協は豊富な論点を提供している。→労協を研究対象とする。
◆労協が労使関係を公式に否定した組織であるからといって、実際に従来の企業より統制が民主的に機能するとは限らない。ア・プリオリに理念や理論を与えるのではなく、現実の組織の検討を通して民主的統制の制約要因を分析すべきである。
◆組織形態、構成員の性格、組織を取り巻く経済的・政治的・文化的背景等によって統制の性格は異なってくると考えられる。
《結論》
■民主的統制を制約する3つの傾向……理事と一般組合員との意識のギャップ、意思決定能力のギャップ、さらに民主的意思決定のための適切な技術と訓練が不足。→民主的統制が日常的な管理のヒエラルキーによって侵食されていく。
■理事は一般組合員に比べて大きな統制力を有している。他方、一般組合員は企業全体の経営問題に対する関心は低い。
■事業拡大を集団的に達成するという経営の発想からの統制が強く働き、日常の労働からの発想や、個人の権利の保護という発想からの統制が弱い。労働者自身が市場競争の中で経営者的発想を優先し、権利保護を抑制してしまう。
→労働条件と個人の権利保護のために、労協においても労働組合は必要である。
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労働者協同組合と労働組合
2008年 1月 1日 · コメントを書く
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労働者協同組合研究の動向
小関 隆志
有田光雄[1996B]「労働者協同組合と労働組合」有田光雄[1996]所収
(※第1節『主人公たちの労働組合運動』を考える――『労働者協同組合における労働組合のあり方』答申批判――」は、『建設一般学習』No.59(1994.5)および、全国生協労働組合連合会『学習・討議資料』No.2(1994.5)所載の同名論文と同一内容)
《概要》
●日本労協連「労働組合問題委員会」答申の労働組合理解が誤っている。
●答申は、労働組合の存在理由を未組織労働者の組織化など外向きの機能にのみ求めているが、労働組合は本来、職場の切実な要求の解決を求めて生まれるものである。また労協内においても労使関係の発生は不可避であり、また経営へのチェック機能が必要である。
労協の労働者は「新しい労働者」像として特殊性が強調されるが、労働者階級の一員であるし、意識も多様である。労働者階級としての共同・連帯と、営利追求の矛盾した二面的性格を持っており、この矛盾こそが団結と運動の原動力となる。「新しい労働者」像は超階級的である。
●労協の「雇われ者根性の克服」と、生協労連の「雇われ者根性の確立」は、本質的には労働者階級の自覚という点で同一なのに、すれ違いの悲劇を生んだ。そ の原因は、現実離れした「新しい労働者」像に対する反発にあった。労協の労働者も、労働者階級の一員に変わりない。経済的必然性からだけ労組不要論を唱え るのは正しくない。官僚制が発生する余地があるのでチェックを行い、労働者の要求を実現するのに労組は必要である。レーニンの主張も同様であった。
●新しい「協同組合主義」論は、科学的社会主義の考え方そのものに社会主義国崩壊の原因を見出そうとし、また国家変革なしに協同組合部門拡大によって自動的に社会主義ができるという誤りに陥っている。また国家の存在そのものを悪として退けている(性悪説)。
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労働者協同組合に『搾取』はあるか
2008年 1月 1日 · コメントを書く
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労働者協同組合研究の動向
小関 隆志
有田光雄[1996A]「労働者協同組合に『搾取』はあるか」有田光雄[1996]所収
《概要》
●黒川俊雄『いまなぜ労働者協同組合なのか』と、それに対する批判(明野進)「労働者協同組合とは何か」(『労働運動』所収)は、いずれも一面的。
●労協の内部では、マルクスのいうように搾取関係は存在していないが、国独資によって労協ぐるみで搾取・収奪されている。
●労協には「雇う・雇われる」関係がないので労働組合は不必要だ、との説は、労協の労働者を労働者階級から切り離し、結果的には労働基本権を否定しかねな い。→労協の「特殊性の一面的な肥大化論」。民主的経営でこそ、搾取の有無に関係なく労働組合は必要。労働組合の機能として、経営に対するチェックと、資 本とともに国独資に対する闘争を行う。
●労協内部にも資本と労働の対立・搾取関係があるとの説は、協同組合労働の特殊性(現在の社会の改造者)を無視している。労協の労働者は、労働者階級の一般性と、特殊性の二重性から把握されなければならない。
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生協職場における『事業団』の動向と、生協労連の当面の態度(案)
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労働者協同組合研究の動向
小関 隆志
生協労連[1994]「生協職場における『事業団』の動向と、生協労連の当面の態度(案)」全国生協労働組合連合会『学習・討議資料』No.2
(文書発表の日付は1994年2月10日)
《問題意識》
◆事業団の生協職場進出(特に京都生協)が労使合意なしに進められており、事業団の「雇う・雇われる関係がない」論は大きな問題を抱えている。事業団の進出には反対。
①この主張は、労働者の切実な要求を無視し、労働者から団結権・団交権を奪い、自発的・自主的に働かせるという、雇用者にとって都合のよい話。協同組合と いえども資本主義の支配から超越的ではありえないし、「賃金と雇用」を否定できない。「働き方の変革」や「心構え」では変革不可能。
②労働組合運動の持つ企業内組合的弱点はあっても、労働者の要求を実現するために努力をしている。労働組合運動への評価が一面的だ。
③内外の労働者の賃金・労働条件を抑制する――時給の切り下げ。
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労働組合と労働者協同組合の協力共同の正しい発展のために
2008年 1月 1日 · コメントを書く
http://homepage3.nifty.com/koseki-t/w.c.study/wcstudy2.html#kuriyama94
労働者協同組合研究の動向
小関 隆志
栗山嘉明[1994]「労働組合と労働者協同組合の協力共同の正しい発展のために」『建設一般学習』No.59
《問題意識》
日本労協連「労働組合問題委員会」答申「労働者協同組合における労働組合のあり方」に対する全面的批判。
◆事業団、労協で働く労働者の分析がない。労働組合論をいうなら、労働者の状態分析から要求、運動、組織の方向を示すべきだ。
雇用・被雇用関係はないというが、京都生協の場合は生協の雇用労働者であり、パートより安い時給。賃金水準引き上げに力を入れるべき。賃金・配当の配分についても不満大きい。
◆労協といえども独占資本、親企業から搾取されている。こうした階級関係、搾取関係を無視して組合内の労使関係だけに矮小化している。
◆全労連は大企業の横暴に対する闘いを展開しているが、労協は闘いを避け、協同組合運動によって支配の仕組みを変えられるかのように主張している。搾取収奪との闘いを抜きに、危機は解決しない。
◆労働組合の役割が労協の従属物となっている。
◆労協は独自の労働組合を提起しているが、労働組合は雇用関係を前提に組織されるものではない。それに雇用関係がなくても管理・被管理の矛盾は不可避で、その問題解決のためにも労組は必要だ。
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