「仕事第一、家庭第二」の労協の方針の意味

http://8007.teacup.com/kanrisha/bbs/136

MT
2006年 4月 2日

労協センター事業団の「仕事第一、家庭第二」は、私の在職中の経験と貴サイトや民主経営の問題を扱う他のサイトを見ることとあわせると、幹部たちが一般組合員を家庭の事情や健康上の理由がどうであれ関係なく、組織の運動に締めつけて強制動員させようとする意図があることの現れといっていい感じもします。

労協では「1.2.3集会」という年一度の恒例の組合員集会が行われますが、私が在職中にもありました。参加した場合は日曜返上です。私のいた事業所は九州で、集会会場は福岡粕谷の長者原でした。私のほうは正月に風邪をこじらせて疲れており、土日をつぶされて、他の事業所や他の職種からのやりがいある仕事の自慢話を長々と聞かされてもうんざりなので欠席しました。所長は希望者のみ参加としました。私がいた事業所からの参加者は清掃も看護助手もごく少数でしたが、希望者のみとしたのは事業所として初めてだったらしく、現場責任者から「前の所長(今は、鹿児島の方面の所長らしい)なら、仕事絶対だから、どんな事情があろうが、欠席しようものなら怒鳴りつけられるところだ」といわれました。
前に書いた、児童福祉事業委託獲得の打ち上げ飲み会では、本部の理事長らしき人が同席していましたが、酔った勢いで「仕事こそ第一だ」などと言っていました。

「彼らの理念など初めから崩壊していたのです」という書き込みがありますが、問題なのは、幹部の「天下り」による給料と条件の不平等だけではありません。給料がよくても、仕事の中身が組合員の生活と健康に酷になる限りは話になりません。低賃金でやりがいもない酷な仕事の運営しかできていないという意味も含めて、労協連の理念など初めから全面崩壊とみるのがいいでしょう。
給料は低い仕事であっても、その仕事にやりがいと生きがいを感じて家庭生活もうまくいっている人はいます。私が九州に戻る前に、私は、不登校・ひきこもりの当事者たちが立ち上げた東京の地域労協などにボランティアで一時係わっていましたが、そこにはそういったものがありました。地域通貨にも加入して事業拡大の人脈作りにも積極的に動いていました。センター事業団とは大ちがいです。

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