労働者協同組合と労働組合

http://homepage3.nifty.com/koseki-t/w.c.study/wcstudy1.html#arita96b
労働者協同組合研究の動向
小関 隆志

有田光雄[1996B]「労働者協同組合と労働組合」有田光雄[1996]所収

(※第1節『主人公たちの労働組合運動』を考える――『労働者協同組合における労働組合のあり方』答申批判――」は、『建設一般学習』No.59(1994.5)および、全国生協労働組合連合会『学習・討議資料』No.2(1994.5)所載の同名論文と同一内容)

《概要》

●日本労協連「労働組合問題委員会」答申の労働組合理解が誤っている。

●答申は、労働組合の存在理由を未組織労働者の組織化など外向きの機能にのみ求めているが、労働組合は本来、職場の切実な要求の解決を求めて生まれるものである。また労協内においても労使関係の発生は不可避であり、また経営へのチェック機能が必要である。

労協の労働者は「新しい労働者」像として特殊性が強調されるが、労働者階級の一員であるし、意識も多様である。労働者階級としての共同・連帯と、営利追求の矛盾した二面的性格を持っており、この矛盾こそが団結と運動の原動力となる。「新しい労働者」像は超階級的である。

●労協の「雇われ者根性の克服」と、生協労連の「雇われ者根性の確立」は、本質的には労働者階級の自覚という点で同一なのに、すれ違いの悲劇を生んだ。そ の原因は、現実離れした「新しい労働者」像に対する反発にあった。労協の労働者も、労働者階級の一員に変わりない。経済的必然性からだけ労組不要論を唱え るのは正しくない。官僚制が発生する余地があるのでチェックを行い、労働者の要求を実現するのに労組は必要である。レーニンの主張も同様であった。

●新しい「協同組合主義」論は、科学的社会主義の考え方そのものに社会主義国崩壊の原因を見出そうとし、また国家変革なしに協同組合部門拡大によって自動的に社会主義ができるという誤りに陥っている。また国家の存在そのものを悪として退けている(性悪説)。

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