Re: 認識上の区別/労働過程の意味?

http://8918.teacup.com/rev21/bbs/66

杉本 一平
2009年 1月 3日

> No.63[元記事へ]

hirohiroさんへのお返事です。

(中略)

伏見ボランティアセンターの件は、だから、労協なのに、労働者に資本を生産する賃労働(労働過程と価値増殖過程の統一)を強制して、協同組合労働の実現に反していると言う批判に立たなければならないと思うのです。王に対する臣下の振る舞いの強制ですよね。この観点に立てば、施設そのもの、労働規律そのものが、対象化された労働として(資本の化身=人格化)生きた労働を吸収支配する意志を持つことが見えてくると思うのです。
>工場のラインが労働者を規律づけているという意味
――貨幣が生産手段として、商品の生産で生きた労働を役だたせているのがラインの姿ですから、ラインは人格化した資本として意志を持つ存在(物象化)となっていて、けして、資本が物となっているのではないですね。自己増殖する意志を持った価値がラインの姿をとって、労働の規律を強制しているのです。

文化知を作り出すことが、そこでのテーマとなりますから、三里塚や沖縄、そしてシャブコンの生産拒否をする関西生コンなどの「別の価値観」をつくりあげる運動と協同することが課題になってきますよね・・・

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